椎名ジーナのブログ小説

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私が生まれちゃった日

1986年3月18日。

 

この世に1人の女の子が誕生した。

 

サクラの季節に産声を上げ、晴れた日に生まれた私。

 

お腹を痛めて生んでくれた母は、20歳という若さで2回目の出産を経験した。

 

3500gある女の子は逆子で母の汚物にまみれながら、元気にオギャーオギャーと泣いて誕生。

 

今の私からすれば何とも耐え難い瞬間ではあるが、事実を変えることはできない。

 

母の汚物に塗れながら誕生した私は、その後の人生を意味しているかのように、何ともクソのような人生を歩むことになる。

 

そして、このクソのような女の子はエリカ(ジーナの本名)と名付けられ、暖かく家族に迎え入れられたわけだが・・・

 

生まれて3年後には父と母が離婚をし、私は3つ年上の兄と離れ、母のもとで育つこととなる。

 

ちなみにエリカという名前の由来は、プロゴルファーの中島恵利華さんからいただいたもので、母がテレビで見かけ響きがカワイイからつけたとのこと。

 

本来、名前には子供にどんな人生を歩んでほしいかなど願いを込めることが多いが、私の由来はただの響き・・・

 

子供の頃は両親の名前のつけかたに不信感を抱き、子供ながらに家の両親は他の友達の両親とは違う・・・と思ったものだ。

 

なぜなら小学生の時の授業で名前の由来を発表する際に、クラスメイトは長々と意味の分からない単語を並べ、自分の名前の由来を発表するのに対し、私の発表は一瞬で終わった。

 

何て説明したらいいのか分からなかった私は、仕方なく両親から聞いた中島恵利華さんのことを発表したのだが、クラスメイトがシーンと静まり返りみんなの頭の上には大きな?マークが乗っかっていた。

 

それだけならまだいいが、担任の先生すらポカンと口を空けて私を見ていたのを覚えている。

 

何とも苦い経験だった。

 

当時の私はまだ子供だったが、この嫌な空気に包まれた教室から逃げ出したくなり、こんな状況に追い込んだ両親を恨んだのは事実である。

 

もう少しまともな親が欲しかった。

 

しかし、どうしようもない名前の由来であっても、成長し海外旅行へ行くようになると、外国人に名前を聞かれた際に覚えてもらいやすく、国際交流をする際に意外と便利なことに感謝する。

 

名前の由来はどうしようもない感じだけど・・・結果良ければすべて良しということで、苦い思い出は綺麗サッパリ水に流して忘れてしまおう。

 

ただ響きが気に入ったと言うだけで名づけられた私。

 

しかし、そんな名前でも両親からもらった大切なプレゼント。

 

父ちゃん、母ちゃん。

 

素敵な名前をつけてくれて、ありがとなっ!!!